視交叉上核と時差ボケの発生機序

時差症候群あるいは時差ボケは、時差のある地域をジェット機で移動した際に生じる環境のリズムと体内のリズムのずれによって引き起こされます。
時差ボケは、体内時間に対して急激に環境の明暗周期が変動した時に、環境が昼なのに体内時計は夜、あるいは環境が夜なのに体内時計は昼といった食い違いが生じ、食欲不信、頭痛、疲労、吐き気、腹部の不 快感、不眠など様々な症状が現れてきます。
すなわち、体内時計が狂っているのに無理矢理生活を現地の時刻に合わせようとするところからこのような症状が現れてくると考えられます。
また、交代制勤務、夏時間などでも時差ボケと同じ現象が生じてくることがわかっています。

ではどうして、即座に我々の体内時計は現地の時間に同調することが出来ないのでしょうか。

それを解明するために行われたある実験をご紹介します。
実験方法は簡単で夜行性のラットを使い、明期の開始時間を急に10時間明暗周期を遅らせたり、6時間前進させたりして時差ボケを生じるような条件を作りラットの変化を観察するものです。
すると実験では、本来活動すべき暗期に昼と同様の運動量が低下した時間が5日から12日にわたって生じ、本来は夜行性のラットなのに夜になっても動かない状態がみられるようになりました。
そして、このラットに対して視交叉上核での時計遺伝子「Perl」の発現パターンを観察できるか検討していきます。

実は体内時計の中枢は、視床下部の視交叉上核という小さな神経核に存在し、その視交叉上核の細胞が環境の明暗周期に同調しています。
「Perl」は視交叉上核の細胞に発現し、昼間に強く発現し夜間はほとんど発現しないというダイナミックな時間依存性の遺伝子発現を示します。
このことを利用すると、体内時計の時刻を推察することができるといわれています。
すなわち、「Perl」遺伝子が出ていれば体内時計は昼であるし、出ていないときには夜であると言えます。
そして実験の結果は非常に興味深いものでありました。

新たな光周期に移った後、1日目から腹外側領域は環境の明暗周期に同調できたにもかかわらず、光入力のない背内側領域ではゆっくりと一週間から二週間ほどかけて時計遺伝子の発現リズムは新た な光周期に同調することがわかりました。
この時点で背内側部が夜間でも昼なので、行動を強く抑制することが考えられます。
実際、この実験結果では背内側領域の再同調と行動リズムの再同調のパターンに強い相関関係を認めました。

すなわち、背内側部に「Perl」が発現していて昼であるときは、環境は夜でもあるのにも関わらず、行動量(locomotor activity)は減少したということがいえます。
つまり、腹外側部の時計は環境の明暗サイクルのシフトに対して即座に同調シフトすることが可能になりますが、背内側部の時計はなかなかそれに着いていけず、腹外側部に再同調するのに一週間から二週間もかかってしまうこと、この背内側部が環境の明暗サイクルに合わないことが時差症候群をひき起こす原因となっていることが推測できます。

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